「“学生”の私が本を書けたワケ」医学生としての学びを出版に生かす-中川朝子さん-①

学生商業出版コンテスト「出版甲子園」。独自の視点を持つ学生たちが、実行委員と企画のブラッシュアップを重ねて商業出版を目指す。今回は大会への応募を検討している学生に向けて、第17回大会準グランプリを獲得し、『呪いを科学する』を出版した中川朝子さんから話を聞いた。(取材:広報局 田尻彩、竹村大地、田中舜悟)
―出版甲子園に応募したきっかけを教えてください。
もともと小説を書いており、大学生の頃から色々な賞に応募したり、実際に書いて友達に読んでもらったりしていました。しかし、当時は短編を中心に書いていたため、自分の作品を書籍という形で世に出す機会はなかなか訪れませんでした。
そんな中で、出版甲子園というコンペティションがあることを友達から聞き、運が良ければ、企画書の内容が自分の作品として世に出せるかもしれないということを知り、面白そうだなと思って挑戦しました。
―小説を書き始めるきっかけはどういったものだったのでしょうか?
高校生の頃までは漫画家になりたかったんです。ただ、自分の身近には自分より絵がはるかに上手い人が何人もいて、「これでは商業の漫画家としてデビューするのは厳しいかな……」と悩んでいた時に、仲のいい先輩から「漫画の原作者を目指すのはどうか」と勧められました。
ただ、原作者というのは誰もがなれるわけではありません。高度な専門性を持つ人や、脚本家・小説家など別のバックグラウンドを持つ創作者が原作を担当することが多い、とアドバイスをいただいたんです。それで、大学に入ってから心機一転、小説を書き始めました。
―それまでは小説を書いたことはなかったということでしょうか?
そうですね。どちらかというと、短歌や詩を嗜み程度につくっていました。美術部に所属していたので、デッサンを描くことも多かったです。漫画のアイディアやネームについては、今でもたくさんのストックがあります。

↑中川さんは医学部在学中から様々な創作活動に取り組んでいた
ーありがとうございます。では、企画応募をするにあたって苦労したことや、印象に残っていることはございますか?
このコンペ自体が文芸作品を対象としていなかったので、アイデア出しには苦労しました。また、学生の立場で語れることとは何だろう、という悩みもありました。
『呪いを、科学する』は、中島らもさんの『ガダラの豚』という小説にインスパイアを受けました。「オカルトを科学で解き明かす」といった内容の雑学本をいろいろな人に届けることができたら、すごく面白いなと、思ったことがきっかけで立案した企画です。具体的に案が固まってからは、どういったネタを企画書に盛り込んでいくべきか悩みました。
本の中に医学的な知識などの小ネタを挟むことで、大学の授業の学びを生かすことができました。企画書の段階で「面白い!」と言っていただけて嬉しかったです。
―執筆段階で苦労されたことはございますか?
複数オファーをいただき、編集者の方とコミュニケーションを重ねる中で「もう少しネタがたくさんあった方がいい」とアドバイスをいただきました。また、商業出版として世に出るのは、気ままに小説を書くのとはわけが違います。実際に参考文献を整理し、科学的に確かな本として出すプロセスは勉強になりました。非常に学業が忙しい時期でもあり、限られた時間で執筆を進めながら、書いた章のファクトチェックまで行うのは、当時の自分にとって決して容易ではありませんでした。
―ありがとうございます。続いて、企画出版をしたことで、人生に生じた影響などはございましたか?
そうですね。この本が出版されたのが確か大学四年生で、初版は三千部ほどで、そこからもそこまで伸びませんでした。肯定的な口コミなどもたくさんいただいたのですが、当時の自分にとっては辛辣なコメントもあって、結構そこは大変だったなというのがまず一つありました。
その後、大学六年生ぐらいの時に、文芸のインフルエンサーの方が何人か好意的にリポストしてくださいました。乃木坂46の方や、あとは芥川賞を受賞された方も何人か自分の本を読んでくれたそうです。バズるタイミングというのは、本当に自分でも予測不可能だったんですけど、そこから結構部数が伸びていきました。
たくさん刷っていただけるようになってからは、まず著名人の人に読んでもらえて単純に嬉しいっていうところと、自分の身近のいろんな人が地元の書店にあったよというふうに声をかけてくれるようになったというのが、なかなか他では得られない体験だったなと思います。
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